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【第1章】第2節 Quilombo
ブエノスアイレスの夜についてちょこっとおさらい。

1、開始時間の遅さ
2、バラエティー豊富
3、だからほぼ全世代をカバー
4、交通手段もばっちり

で、

今回はその夜のquilomboさ。特にbolicheについて。


in the boliche...

ごちゃまぜな空気 : 煙草、マリファナ(合法になったよ)、その他

ごちゃまぜな世代 : 10代から・・・30代は余裕でいる。40代は微妙。

ごちゃまぜな性  : 男も女もゲイもレズも関係ない

+ベースには、大量の人、大音量の音楽、大量のアルコール。ラテン気質。



まるで、無 法 地 帯 のようです(●゚∀゚●)ナンデモアリ*



暗い中に赤や青などカラフルなライトがくるくる回っていて、
会話が聞き取れないくらいの爆音で、人がぎゅうぎゅうで、
女の子目当てでくる男の人らが
かわいい女の子がいないかってアルコール片手にじーーーっと観察してて(怖い)、
べろんべろんに酔った女の子が自ら男の人に寄っていき(ひょえー)、
至る所でマリファナの匂いがして至る所でお酒がこぼれて
至る所で口説いてるし至る所でちゅーしてるし、

どこで何が起きてるのか、誰も知らないし誰も知ろうとしない。
幸い警察沙汰になるようなことが起きた経験はないけれども(・∀・)



周りは関係ないんやよ。←これ、あとで重要。



でも、もちろん、健全に踊る人は健全に踊ってるよ。
友達いっぱいで来て円になって仲良く踊ったりヽ(´ー`)ノ
というか、元々みんな踊ることが好きなんだもん。
道でも普通に踊るしそりゃぁ。


しかもクラブってアルゼンチンに限らず世界中にあるし。
日本人は踊らないで何して遊ぶの!?
ってよく聞かれるけど、ほんとそれw←


要は、だから、bolicheがいいとか悪いとか、って言いたいんじゃないんです。
これが当たり前だし文化だし好きな人は行けばいいし嫌いな人は行かなきゃいい。
ただ、そこから生み出されるquilomboが、
人々に無法地帯、何でもあり、と思わせてしまうことによる影響が。

*********************

例えば
飲 酒 運 転。 ざらです。


前回で交通手段を述べたけれども、
実際は車でやってくる若者も多し。

厳しくなって、警察もチェックしてるけど、
夜に見たことは一度もありません。

というか、
ビール瓶持って車に5人6人乗りこんで、
bolicheについたら、そこの駐車場の警備員のおじさんが、
ちょっと一本ビール分けてくれへんか?

ってゆう感じ。Σ(`・ω・屮)屮 分けてあげてはりますけど何か?


日本に比べ人口比3〜4倍の交通事故が発生しています。 by 日本国大使館


いや、飲酒運転だけじゃなくて、昼間っから危ないけど。
これ、別のエントリーで細かくあげます。



例えば、
夜 中 の 行 進。 ざらです。

何それ?って感じですが、そのまんま。
酔っぱらった若者グループが大声で歌ったり音楽かけながら
まるで行進してるかのように道を歩いて回るんです。
夜中〜朝日が出るか出ないかくらいに。


正直、かなり近所迷惑です。



例えば、
en タ ク シ ー の 犯 罪。 ざらです。

運転手→お客 もそうだけど、お客(若者が多し)→運転手 も、そう。
どっちもお金とか物とかとって逃げる。
友達から昔、女の子がかばんやら服やら何から何まですべてとられて、
幸い窓から逃げ出した、って話を聞いた。恐怖。

でもこれがquilomboの影響なのかどうかといわれれば、そうとは言いきれない。
昼間にでも、スリやひったくりは当たり前だし、
ただ増える”恐れがある”、かな?



例えば、
touch and go。 ざらです。
これは後のエントリーで。



とりあえず、夜はこんなquilomboな空気が至る所で流れてる、って
ことが言いたかった!!!
それが、何でもあり!!!と人々に思わせる、ということ。


※でも、ブエノスアイレスのcapitalの話!!!
アルゼンチンのその他の地域はまた別!!!もっと静か。
この首都と首都以外の話も、また別にあげます。

*********************

そうそう、最後に、
このboliche、2~3時にかけて人が集まってくるって言ってたけど、
さすがに政府も考え始めたらしく、


2時以降の入場禁止で4:30まででアルコール販売を終了、
5:30に閉まるってゆう法律をつくって
2週間前くらいからProvinciaで適用されてる。



この本来の理由はアルコールの規制なんだけど。
まさしく若者の交通事故を防ぐため。でも、
キオスクでもどこでも、普通にドキュメントなしでアルコール売ってるから、
bolicheの営業そのものじゃなしに、そっちを規制したら?ってゆう声も。

また、provinciaだけなら、人はcapitalに流れ込むんじゃ?
実際、法適用範囲にあるbolicheは人が入らず経営難に落ち込んでるらしい。
actividadが50%に減ったとか。
そしてやっぱり無視して営業するところも多くあるんだとか。


でもでも、12月4日に、capitalでも規制をかける法律が批准された!!
ここでは入場は4:00までで7時に閉まる
アルコール規制をメインにしてる模様。(記事をどうぞ)


でもま、とりあえず、
長い夜とquilomboを規制する方向に向かってるということですヽ(´ー`)ノ


まとまりのないエントリー。
posted by Yuka | 19:14 | Argentina | comments(0) | trackbacks(0) |
【第一章】La Cultura Nocturna Argentina
テストがひと段落しました。
ということで、

さっそく書きたくて書きたくて仕方がなかったことを書こうと思います。
しょうもないことを全3章の予定でつらつら書きます。



第一章:La Cultura Nocturna Argentina

訳して、アルゼンチンのナイトカルチャー

つまり、夜です!!!!

boliche

キタキタキタキタ━━━━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━━━!!!!!!!!!!


写真はBuenos Airesにある、あるbolicheです。
※boliche(ボリーチェ)=クラブ?ディスコ?そんな感じ。


とりあえず、見てください、この人の多さ!!


空気の悪さが目に浮かびます。。。
この満員感は、きっと3時を過ぎたあたりじゃないかな。


そう。アルゼンチンの夜は、長 い です。

いや、正確には、始 ま る の が 遅 い です。ー



まず、夜ごはんを9〜10時に食べ始めます。
こっちに来て8時台にご飯食べたことないかもしれない。
おやつ(merienda)の習慣があるから、昼食を12時前後に食べても持つみたいです。


で、食べ終わるのを11時とします。


さ、遊びに行こうかな、と家を出るのがそれくらい。
そこからまずは、バーや誰かの家で、時間つぶしのために、飲みます。

目的おかしい。けどどう考えてもそうなんです。
飲むのは時間つぶすため。もちろん酔うためでもあるけど。

で、何のために時間をつぶすかって?



踊 る ため━━━━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━━━!!!!!!!!!!



bolicheはだいたい12時くらいから空いてるんですが、
誰も12時になんて行きません。

みんな2時くらいから、さ、そろそろ行こうかな〜と腰を上げるんです。

12時くらいに仮に手持ちぶたさになったとしても、
「誰もいないから」って、時間をつぶすんです!!!!!!
大学のパーティーですら、12時開始のはずなのに、誰もいなかった↓↓

boliche vacio

みんな「誰もいないから」って言って時計みながら待つくらいなら、
みんな早く行けばいいのに・・・って思うのは私だけじゃないはず。


そして、朝7時まで、踊り倒す。
朝日を見ながらマクドに行って高いハンバーガーを食べる。
家に帰ってお昼すぎまでゆっくり寝る。


・・・なんてもったいない。
オールしても次の日普通に動き出そうとする発想
日本人的なんかな、と感じる今日この頃。

だって、授業が、前夜のパーティーが理由で休みになるくらいやし。
教授もパーティー参加してるし。普通に。


ってことはおいといて。


もちろん、夜の遊びはbolicheだけじゃありません。

バーはもちろん、
peña(フォークソングのバンドやらが来て食べて飲んだりできるところ)や
映画、舞台、ショー、時々は美術館も、
(先日はla noche de los museos en buenos airesで、
8時くらいから朝の2時くらいまで美術館が開館してた。すごい人だった。)

とにかく、夜 の 楽 し み が 充 実 してるんです。ー

museo pena
(la noche de los museosの日の美術館。) (Cafayateのpaña)

去年某プロジェクト科目で京都のニューツーリズムを考える上で、
京都には夜に楽しむところが少ない、ということを問題点としてとりあげて、
まさしくナイトカルチャーをテーマに作ったんですが、
en cambio,
ここでは夜の遊びの充実度が半端ありません。


さらに、年代はちっちゃい子からお年寄りまで、全世代をカバー!!!!ー

「もう8時よ、寝なさい」って、日本では当たり前のことが、
こっちではありえない。
3歳、5歳の子を普通に連れて夜ごはん食べに行ったり映画に行ったり。
お年寄りの方々も、もちろん。
ま、終わる時間は早いけどね。



というか、
みんな、夜にでかけすぎ。
木曜から土曜にかけての、でかけなきゃ!意識が高すぎる。



おかげで、
colectivo(バス)は24時間走ってます。
地下鉄は10〜11時、電車は12時くらい(夜は危ないから乗っちゃだめ)で終わるけれども、
町全体を網羅している一番便利なバスが24時間なら全然問題ないよね。

タクシーはそこらじゅうをびゅんびゅん走ってます。
会社に入らず個人でやってる人たちは自分で運転時間を決められるから、
夜を選んで走る人も多し。つかまえるのに苦労することはあまりありません。
(※流しのタクシーに1人で乗っちゃだめ。ちゃんとラジオタクシーに電話を!!)

あ、夜中の独り歩き?特に女の子?
もちろん要注意!!特に平日!そして重要!場所にもよる!!
でも、その場所によっては、歩いてる人、いるよ。
注意してね、特に外国人。


とにかく、通常夜に一番困るであろう 交 通 手 段 もちゃんと揃ってる。ー



んでもって、何が言いたいかって、

夜、特にbolicheにおいて蔓延するquilomboさ。
(quilombo=売春宿≒混沌としたカオス)


長いので、第一章第2節、ってことにして、
次のエントリーであげようとおもいます。

現在夜の10時、これからご飯食べてきますヽ(´ー`)ノ
posted by Yuka | 22:18 | Argentina | comments(2) | trackbacks(0) |
優雅な夜の、光と闇
moneedaaaaa  moneeedaaaaa 
por favooorrr
no tengo trabaaajoooo no puedo comer naaaddaaaaa
muchísimas gracias por sus ayuudaaaaas


・・・・・・・道端、地下鉄、電車、


ブエノスアイレスには至る所で物乞いをする人がいます。


赤ちゃんを抱えるおかあさんや、手足が不自由なおじさん、
いつもスーパーの前に座ってるおばあさん。

芸をしてチップをもらう人、
勝手に駐車の案内をする青年、
"Sr. pasajero, gracias a su gran corazón, puedo tener un plato de comida porque mi mamá no tiene trabajo. Muchas gracias."
と書いた紙を地下鉄で配ってまわるこども。

※訳:ミスター、あなたの温かい心のおかげで一皿食事をすることができます。なぜなら私の母は無職だからです。本当にありがとう。


ブラジルと比べたら差がないほうだといわれてるけど、
首都にもスラム街があり、地区ごとに、貧しい地区、中産階級の地区、お金持ちの地区、
とわかれています。
首都をでてブエノスアイレス州になると、
Barrio Cerradoといわれる、超高級住宅地区(この地区に入るところに門衛所みたいなのがあって、車の中をすべてチェックしたり。不審者を入れないため。)
のすぐ裏に、今日の食べ物にも困ってる人たちが住むVillaがあったり。


ちなみに無職率は2007年時点で8.5%。(→参照)

*************

私の住むbelgranoは中産階級地区で、las barrancasってゆう坂の公園があるんです。
毎晩、宮殿みたいな形をした吹き抜けの建物でタンゴやミロンガが踊られてるんですが、
週に何回か、その回りで貧しいこどもたちのために夜ごはんが配給されてる。

不思議な光景で、
優雅でエレガントな音楽に包まれて踊りを楽しむおじいちゃんおばあちゃんを、
見あげながらむしゃむしゃとご飯を食べるこどもたち。

夜になるとその建物には明かりがつくもんで、ますます格差を映し出しているよう。



そして私はというと、光の当たるところから影を見下ろしてるんだ。


学校や病院は無料のアルゼンチン。
それでも学校に通えない。

************

そういう貧しい人たちに対して地元民はどう思ってるんだろう、
と何げなくきいてみた。

molesto

辞書には迷惑な、わずらわしい、不快に思う、体調が悪い、とあります。

よくよく聞くと、昔は物乞いをすることは恥ずかしいことだった、そう。
それが今では当たり前のように行われている。

でも一方で

hay que subsidiar

補助金を給付しなければならない。直訳すると。


政治が・・・」、と話してくれる人もいる。

************

今日はたまたまその配給日。集まってきた子どもたちが、
上手に踊れてたよ、って声をかけてくれた。
china, china, (中国人)、かわいいね。って!!
(こっちは「かわいいね」があいさつ並みに多用されてるw万歳!!ww)

最後タンゴの先生に対外債務について教えてもらってると、
彼らがさよならのあいさつをしに"下から"呼んだ。
チャーオーって手を振って投げキッスをする。

と、1人が先生を、来てきて、こっちこっち、と呼んだ。
私は行かずにそこから見ていると、どうやら”お小遣い”をおねだりしてるらしい。
先生が2ペソをすっと渡すと嬉しそうに受け取って、
こちらをちらっと見て他の子と一緒に立ち去っていった。


ふと思った。

私に見られたくなかったからわざわざあそこに先生を呼んだんじゃ?


勝手な想像ではあるけれども、若干自意識過剰でもあるけれど、
胸が締め付けられるような気持ちになりました。



当たり前のようにしないといけないのであって、
決してしたくてしてるわけじゃないということ。

当たり前のようにしないといけない人たちが増えている
アルゼンチン経済の現状。



次は、別の角度からアルゼンチンの貧困問題について書こうと思います。

※注)物乞いに関しては、hay de todo、人によって様々。
他に方法があるのにあえて物乞いを選んでる人もいるそう。
私が聞いた人たちも地元民のほんの一部であって、何でも一概には言えない。
posted by Yuka | 23:58 | Argentina | comments(0) | trackbacks(0) |
ニョッキの日
毎月29日はニョッキの日!!!!!!! En Argentina!!!!!!!!!!!

嘘じゃないよ、ほんとだよ(・∀・)

ñoquiñoquiñoquiñoquiñoquiñoquiñoquiñoquiñoquiñoquiñoquiñoqui
 ñoqui
昨夜友達と作ったニョッキ(´∀`)


その由来は意外なところにあります。
数字のごろ合わせじゃないんだな。日本語なら無理していけなくも・・ないか。
に と きゅう でにょっき。無理か。

アルゼンチンでは、会社に勤めときながら働かない人のことを
ニョッキと呼ぶそうです。

「お前ニョッキだなぁ〜」=「全然働いてないなぁ」

その働かない人たちが唯一出勤する日が29日。




THE 給 料 日(・∀・)




だいたいアルゼンチンでは月末らしい。か、1〜5日の月初め。


だから
「 毎 月 2 9 日 は ニ ョ ッ キ の 日 」


へーへーへーへーへー。 以上!


【追記】
さらに、ニョッキを食べるときに、お皿とニョッキの間にお金を敷くのが習慣。
お金持ちになれるように。son los misterios del folklore...

posted by Yuka | 13:25 | Argentina | comments(0) | trackbacks(0) |
おすすめの一曲
ぜひ聞いて欲しい曲。


ようやくYouTubeからの貼り付け方がわかった(´∀`)←


これは、アルゼンチンの超有名なフォークソングのひとつ。
"carnavalito"(カーニバル)と親しまれてる。
el humahuaqueñoはhumahuaca人って意味。jujuy州。

独特の楽器を使って演奏。
Erke(笛みたいな), Charango(ウクレレみたいな), Bombo(小太鼓みたいな)
歌詞にちゃんとでてくるよ。

にしてもこの絶妙なリズムと楽器とコーラスのハーモニー!!!!
大好きです。

(単語:para=for bailar=踊る cantar=歌う quebrada=峡谷)
posted by Yuka | 00:32 | Argentina | comments(0) | trackbacks(0) |
la UBA〜プロローグ的な〜
Universidad de Buenos Airesに乗り込んできました。

ラテンアメリカの国立大学で一番大きい大学。
キャンパスがびっくりするほどあって、もう、意味不明。

もっとちゃんとじっくりまわる機会を現在作成中ですが、
たまたま昨日人権に関するForo(公開討論?)があると聞いて
でかけていったのです。
Filosofía y Letrasのキャンパス。


素直な感想。


びっくりした。
度肝を抜かれる、って日本語を思い出した。

一言であらわすなら”カオス”

社会の縮図、って日本語も思い出した。


私の通う大学とは大違い。
こっちが”現実”なんだろうな。



 ← 窓に貼られるビラ。

とにかく、ビラビラビラの嵐。

日本の大学の新歓時のビラなんて比べものにならないと思った。
もちろんこのキャンパスはD大でゆう知創館(やっけ?)並みの広さしかないし、
あのビラをぎゅっと圧縮したら同じくらいになるんかもしれないけど。
迫力にやられた感じ。

内容は政治に関することばっかり。
多かったのはホンジュラスのクーデター、
terrabusi(alfajorおいしいメーカー)の独占、
そして、K、K、K。(Kirchner大統領のこと)


左翼強えーーーーーーヾ( o・∀)ノ゙ヾ(o・∀・o)ノ゙ヾ(∀・o )ノ゙!!



きょろきょろして写真まで撮って不審者極まりなかったと思われ。
このエントリーではとにかくびっくりしたことだけを。
詳しいことは次の機会でまとめて!!!!!


PD: ちなみに肝心の公開討論は、全く面白くありませんでした。orz...
posted by Yuka | 18:39 | Argentina | comments(0) | trackbacks(0) |
ESMA
 


軍事政権時代(1976-1983)、30,000人が"消えた"。

誘拐された、殺された、誰も知らないから、”消えた”と表す。





その”消えた”人々が収容されてたといわれてる場所へ行ってきた。
「Espacio para la Memoria y para la Promoción y Defensa de los Derechos Humanos」(記憶、そして人権の促進、保護のための空間)


「これは国家テロだ。」

「幼い頃は常に身分証明書を持ちなさいと厳しく言われた。」

「地獄だった。」

「ここから500m足らずのところでワールドカップが行われた。
多くの外国人や報道陣が訪れ、人々は熱狂の渦に巻き込まれた。
その間も、拷問や大量殺人が行われていた。ここで。
競技場には"SOMOS DERECHOS HUMANOS"(私たちの権利、人権)という広告があった。」

Escuela de Mecanica de la Armada (ESMA)
15歳から18歳の子供が海軍になるべく通っていた学校。
この建物は"Pabellón Central" や"Cuatro Columnas"として知られている。
軍人たちのオフィスや技術教育のための教室などがあった。


Casino de Oficiales

緑に囲まれて、まるでホテルみたい。
実際は、その外観からは想像できないくらい恐ろしい建物。

海軍の食堂があったり、
奴隷たちが働いていた地下室があったり、
”消えた”人々が収容されていた”Capucha"という部屋があったり。

それらにつながるエレベーターや階段は1979年、Comisión Interamericana de Derechos Humanos(米州人権保障委員会?)が調査に訪れた際に撤去された。
その他も、証拠隠滅のための改装の跡が至る所にある。

ちなみに"Capucha"とは、フード、頭巾、という意味。
人々は頭巾をかぶらされ、足かせをつけられた状態で収容されていた。
そこからその部屋はcapuchaと呼ばれることに。

何も見えない、何も話せない、75cm幅の空間で寝る。
トイレは一日に1回。朝・夕にマテ、昼・夜に肉と一切れのパン。

老若男女関係ない。妊婦専用の部屋もある。
生まれた子供は家族の元に届ける、と言ったらしい。


周りで何が起こっているのか、
自分の身に何が起こっているのか、
分かるすべはない。

あの無機質な部屋で人々は何を想ったんだろう。


地獄から這い上がろうとしているように見えた。

上2つの写真はCentros Clandestinos de Detención跡にて。
監禁の中心地だった場所。ダウンタウン、大統領府から少し離れたところの
高架下にある。


悲しいことは、

誘拐、監禁、奴隷、拷問、殺人、これらが実際に起こったことであること、
軍事政権後も実は引き続き行われていたということ、

そして

アルゼンチンでのケースが珍しいわけじゃないということ。

他のラテンアメリカ諸国でも同じようなことが起こっている、
中南米だけじゃない、世界中至る所で起こっているということ。


平和ボケしてる頭に水をかけられた気分だった。


人々が平和に、安全に、そして幸せに、
明日を心配して悩み苦しむことなく暮らせるために、何ができるか。

国家は何ができるか。何をすべきか。
政治は、経済は、どこへ向かえばいいのか。
一個人は?私は?


・・・どこから手をつけていいのやら。
とりあえず今持ってるものを一つずつ積み上げていこう。
posted by Yuka | 13:06 | Argentina | comments(0) | trackbacks(0) |
世界ランキング2位の本屋
"El 11 de enero de 2008, el periódico británico THE GUARDIAN publicó un ranking de las 10 librerías más destacadas del mundo, ubicado a EL ATENEO GRAND SPLENDID en segundo puesto."


(西の合格おめでとうございます!!!!(´∀`)) 

*********

アルゼンチンの本屋は大きくわけて2つ。
El Ateneoとyennyです。
その他個人が営む古本屋のようなこじーんまりとした本屋さんがいっぱい。
嬉しい限りです。

が、本は高価です。

日本と変わりません。 =高い。

ってことはおいといて、
今回世界ランキング2位になったのは、大書店El Ateneoの1店舗。

この本屋、Santa Fe通り沿い、確かRiobambaとCallaoの間にあります。
地下鉄からはちょっと遠い、って行っても400,500mくらいで、
一方通行ですがバスも通ってます。
ダウンタウンからも10分くらいで着くと思うし、いい場所です(・∀・)
ちなにに私の家からは・・・20分くらい?(・∀・)

ただ、周りに特にこれといったものがないから、これだけのために来なきゃいけないってゆう
ちょっと面倒な感じでもあります。


それでも行く価値大ヽ(´ー`)ノ

************

以下、写真。もっと考えて撮ればよかった。

 入口。元劇場です。

 入ってすぐ。普通の本屋さん?

が、

奥に行くと・・・

ばばーん!!!本、本、本。

 天井!!奥にはステージ!?

カフェです。左奥にグランドピアノがあって、心地よい音楽が流れてきます。

 本屋さんは3階仕立て。

本はカテゴリー別にきれいに分かれてて、子ども用の本を集めたコーナーもあります。
靴をぬいで遊びながら読める感じです。
(これはここだけに限らず、大きい書店ならたいがいある。)
上に行けばいくほど、奥に行けばいくほど専門度が増してたように思えました。
地下にはCDやらDVDやらが売ってます。

各階にはプロフェッショナルな方々がいて、本探しやらおすすめやら、色々助けてくれます。



でも、この本屋のすごいところは、



買わなくてもその場で読めちゃうってところ。



 ←こんな感じ。まるで自分の部屋みたいです。
さらにここだけじゃなく、あちこちにイスやソファーがあって、多くの人がくつろいではります。

元劇場だけあって、その独特な贅沢な空気がたっぷり流れてて、
人が多くても、割と落ち着いて本に集中できます。
本棚間の隔も広くとってあって、人とぶつかったり、ということがあまりないです。


でも何冊あるんやろう。。。次行ったときに聞こう。
しばらく行ってないから楽しみ(´∀`)


とりあえず写真でしたっ★



おまけ。
  
posted by Yuka | 22:22 | Argentina | comments(3) | trackbacks(0) |
道とか地図とか
Buenos Airesは、というかアルゼンチンほぼ全部は、
(というか南アメリカの"街"ほぼ全部って聞いた)
100m×100mの碁盤状の道になってる。
京都みたいな感じ★

だから、どこ行くにしても住所(道の名前と番号)さえわかればすぐにたどりつけて、
番号も奇数・偶数を見ることによって、道のどちら側にあるのかすぐわかって、
例えば1521と1800ならだいたい3cuadras(300m)か、って判断できる。
*cuadra=100m、道に対してだけ使う。

超便利。

さらにcapital federal(Bs.As.市)には
colectivo(バス)、subte(地下鉄)、tren(電車)の駅やバスがどの道を通るんか
とかも含めた素晴らしい地図があって、
初めてきた人も、地図さえ買えばどこでも行ける。

超便利。


で、日本はどうなんやろう(・∀・)とふと考えてみたわけです。
というか質問されて、確かに、って思ったんです。

というのも、京都や札幌は別として、
少なくともうちの近所は道に名前なんてないし、隣の家の番地が何番かも知らんし、
じゃあどうやって他人の家を見つけるんやろう、って。

郵便屋さんはどうやって手紙を届けるん?
タクシーの運転手はどうやってその人の行きたい所を見つけるん?
道の名前なかったらどうやって道で待ち合わせするん?
自分が初めて日本に行ったときどうやって街を回るん?
子どものとき友達の家に遊びに行ってたでしょ?どうやってその子の家まで行ったん?


うん(・∀・)


答えは「目印」かな、と考えたのです。
「まっすぐ大きい道を行ってauショップの交差点で右に曲がって
そのままずっといったら右手にセブンイレブンが見えるからそこで・・・」

じゃない!?!?


小学校のとき、学校から家までの地図を毎年書かされて提出してたのを思い出した。
今まで何でかって考えたことなかったけど、
地図には必ず目印となるようなものを書いてたはず。
それで先生らは家庭訪問できたんよね、きっと。

小学校のとき、友達の家、近くまでわかったら表札で発見してたんかな?
少なくとも住所を聞いてそれを頼りに行った、ってことはない。

日本の観光用の地図には道の名前や番地名は書いてないと思う。
その代り、必ず目印となるようなものが書かれてるはず!!


だから?


って感じやねんけど、
オチはないです。ただのしょうもない発見です。
答えたときに、なんてややこしい、って言う返事をもらったけど。


でも、碁盤の目状だと統治しやすくて、
ざーーーって広がる野原に馬がぱかぱか走ってるところには
ある程度規則的なものを導入する必要があって、
日本は長い歴史の中で培われた規律がすでにあって、
だからわざわざ碁盤の目状にする必要ないんじゃない?

って言われたけど、
それはちょっと違う気がする。
統治する必要があるのはどこの国も同じやと思うし、それ以前に地形の都合もあるやろうし、
長い歴史の中で培われたのは規律というよりも別の統治方法なんじゃない?

・・・バカボンドのせいかなんかわからんけど、
統治って聞くだけで武士とかお城とかがぐるぐる頭の中を回ってる。。。


**********
ちなみに、番地に何か規則があるんじゃないん?
って聞かれたんやけど、わからんというよりも、「さっぱり」です(´・ω・`)
知ってる人いたら教えてください(´・ω・`)
posted by Yuka | 02:33 | Argentina | comments(2) | trackbacks(0) |
【アルゼンチン】通貨編
せっかく愛しのアルゼンチンにいるんやから、
ってことで、ちょくちょくアルゼンチン紹介をしていこうと思います(・∀・)
なかなか来れないしね。超細かいところからも拾ってこうと思います。

今日は、お金。通貨です。
アルゼンチンに来て最初に必要なもの。


◆その前に・・・

アルゼンチンでのお釣りの数え方は特徴的。
例)28ペソの品物に対して100ペソ支払い、72ペソのお釣りをもらうとき。
(日本の場合は2800円に対して10000円支払、7200円のお釣り)

−−−店員さんを思い浮かべてください。−−−

日本:「(1000円を出して)1,2,3,4,5,6,7, 7000円と、200円お返し致します。」
ってお釣りの金額を自然に言ってくれる。
計算式にするとこんな感じやと思う。→払った金額品物の値段お釣り

アルゼンチン:「(2pesoを出して) 30, 40,50,60,70,80,90, y 100 pesos.」
・・・自分が払った金額に戻す感じ!?
同じく計算式にすると、こうかな?→品物の値段お釣りの値段払った金額


これが何とどう関わってるのかはわからへんけど
(算数とか数学とか関係あるんかな?足し算が苦手とか引き算が苦手とかw)
はじめは店員さんがどう数えてくれてるんかさっぱりわからんかった。ほんとに。意味不明やった。
アルゼンチンに来て戸惑わないために(?)笑、紹介ww


以下、情報だらけです。写真だけでも飽きると思われ。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
◆peso/centavo
アルゼンチンペソ(表示:$ ※USドルはU$Dって書く)・センターボ(¢)

◆種類
紙幣:2$, 5$, 10$, 20$, 50$, 100$
コイン:5¢,10¢,25¢,50¢,1$

◆為替
現在1$=26.17718円(2009.06.14現在)

ちなみに物価がどれくらいかってゆうと、
日本で100円のマックソフトが78.5円(3$)くらい。(でもマクドは比較的高い)
カフェで飲むカフェオレはだーいたい130円(5$)が平均的。

◆表と裏の写真載せます。
紙幣左側:100,50,20 右側:10,5,2
コイン左から 1$, 50, 25, 10, 5
  

◆誰が&何が載ってるんや、一体
(ここにも載ってることに後から気づく。→Argentine peso(Wikipedia))

【100$】
Militar t estadista. Realizador de la campaña del desierto(1879).
Firmó el tratado de límites con Chile. 
Fue dos veces presidente de la República (1880-1886, 1898-1904)
(軍人で政治家。1879年の砂漠(?)遠征を指揮。チリと国境に関する条約を結ぶ。
アルゼンチンで2回大統領になった人物。)

(その砂漠(?)遠征の様子。砂漠(?)遠征はla Pampaや東部Patagoniaをめぐった戦い、VSインディオ)

【50$】
Presidente de la Nación argentina. (1886-1874)
Gobernador de San Juan. Pedagogo, escritor, estadista y militar.
(大統領。San Juan州(県)知事、教育学者、作家、政治家、軍人。ちなみに教育の父って呼ばれてる。有名な著書は"Facundo"で、20$にでてくるRosasのcaudillismo(超簡単に言うと独裁政治)を批判。)

裏:casa de gobierno (大統領官邸)
 ←実物コレ。

【20$】
Estanciero, político y militar. 
Gobernador de la Provincia de Buenos Aires (1829-1832 / 1835-1852)
(農場主、政治家、軍人。Bs.As.州(県)知事。caudillismoの代表的人物。)

1845年にParaná川で起きた戦い。VS英仏艦隊。アルゼンチンの敗北。
parana ←実物(Rosarioにて。)

【10$】
Abogado, político y militar. Creador de la bandera nacional en 1812
(弁護士、政治家、軍人。国旗作った人。)

裏:Monumento a la bandera-Rosario (Rosarioにあるモニュメント)
    ←実物(Rosarioにて。)


【5$】
Padre de la patria. Libertador de Argentina, Chile y Perú.
(祖国の父。アルゼンチン、チリ、ぺルーの解放者。)
  ←だからどこにでもあるSan Martín公園。

裏:Cerro de la gloria-Mendoza 
(San Martínが指揮したチリ・ペルー解放時のCruce de los Andes(アンデス山脈横断)の記念碑。)

【2$】
Destacado político, militar, historiador, hombre de letras y periodista. Gobernador de la Provincia de Buenos Aires y presidente de la República Argentina (1862-1868)
"名"政治家、軍人、歴史学者、教養人(学者)、ジャーナリスト、Bs.As.州(県)知事、アルゼンチン大統領。)
 ←謎の表札。capilla del monte(Córdoba)にて。

裏:Museo Mitre (美術館) 

【1$】
表:太陽
裏:Escudo de las Provincias Unidas (Provincias del Río de la Plata)
 今のアルゼンチンになる前は、"同盟"だった。そのときのアルゼンチンの紋章。

ちなみに各州(県)もEscudo(紋章)を持ってる。→おもしろいからぜひココへ。

【50¢】
Congreso de Tucumán - la ciudad de Tucumán
Tucumán市にある県議会。1816年7月9日、ここで独立宣言がなされた。

【25¢】
Cabildo (市議会)
独立以前は行政機関として使われてた。1810年5月25日(五月革命)でスペインから分離。(独立宣言は1816年。)
 ←夜のCabildo。

【10¢】 
Escudo de la Nación (アルゼンチン国の紋章。)

【5¢】 
太陽 (国旗に登場する太陽だけが載ってる)


★気付いたこと★
日本のお金は文学者とか文化的な人が載ってることが多いのに対して、アルゼンチンはとにかく政治関係ばっかり。
独立してまだまだ200年余りの短い歴史なのと、植民地だった時代から独立して移民が大量にやってきて〜の流れの中で、"国民国家"をつくることが難しかったこととかアルゼンチン人のアイデンティティー確立とかそんなんが関係してるんかな?憶測でしかないけど。
とりあえず、私は色々勉強になりました(・∀・)

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◆余談
"Feria Internacional del Libro de Buenos Aires"に行ったとき、昔のお金が展示されてた。
なんとびっくり、「1,000,000peso」札がありました。1810年のものだって(・∀・)
 ・・・一体おつりどうするんやろう?

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以上、アルゼンチンの通貨紹介でした★
ちなみに、リンクは全部(確か)wikiに飛ばしてあります。残念ながら全部スペ語です。。。
英語のページにすればよかったと後悔してますが、やり直すのめんどくさいです。ごめんなさい。
posted by Yuka | 09:02 | Argentina | comments(1) | trackbacks(0) |
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